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 様々な宗教があるので、その教えを読んで自分自身の良心と道徳心で教えのひとつづづを判断する必要があります。自分でしっかりと確認し、審神者(さにわ)する必要があります。キリスト教、仏教、神道、インディアンの自然崇拝などがありますがどの宗教も、もとの根底をなす教えは正しかったのです。どの宗教も、その時代のその民族に適合し、わかりやすいように大切なことが説かれています。正しい宗教は、愛の大切さ、道徳心の大切さ、他人や自然を大切にすることを教えています。自分が信じている宗教が正しいと思うので、他の民族の宗教をむやみに攻撃するというのは間違っています。ただし、長い歴史の中でその教祖の言葉と元の教えが中間媒体である宗教者や為政者によって都合のよいように改竄されたり、お金儲けに使用された歴史があることを知っておかねばなりません。原点の教えに立ち返り、中間媒体である宗教者にだまされないこともまた必要です。  私は、各宗教の聖書や経典や教えを一人で読んでみて、自分自身の良心と道徳心で各宗教の教えのひとつづつを判断するのが良いと思います。どの宗教にも良いところがありますので自分の気に入った教えを選択してこころの支えにするのが良いと思います。  いろいろな教えを吟味して愛と道徳の本質をつかめればそれでよいのです。  お釈迦様がおっしゃった「犀の角のようにただ独り歩め」という言葉があります。むやみに現在の宗教組織や団体、グループに入るのは良くありません。うかつに宗教団体に近づくのは危険ですらあります。というのも99%の確率で、中間媒体である宗教者によって都合の良い教義を押し付けられたり、洗脳されたり、お金をだまし取られたり、壺などの呪物を購入させたれたりするからです。悲しい事に現在の99%の宗教は、お金儲けと信者を支配する道具となり下がっています。信仰や金品、物品の購入を強要された場合はきっぱりと断ってください。本物の宗教にお金は、1円もかかりません。また本人の自由意志が尊重され、なにかを強要されることがありません。どこの宗教団体にも入る必要性はありません。 学識豊かで真理をわきまえている人たちの集いであればよいのですがそうでなければ一人、孤高である方が良いです。お釈迦さまはこうおっしゃっています。  


 学識豊かで真理をわきまえ、高邁(こうまい)、明敏な友と交われ。いろいろと為になることがらを知り、疑惑を除き去って、犀の角のようにただ独り歩め。


愛と道徳の本質がつかめればそれで十分なのです。そして得た真理を他人を助けるために使用してください。

 自分がこの世に生まれて来たことを神に感謝し、この世で自己の精神を向上させることを誓うことです。自分がこの世でどのような善をなすか明言し、実行することを誓うことです。見返りのない無償の愛を他人に施すことを神に宣言することです。自分が神のために善を施すことを誓うことです。神様から何かしてもらおうとお願いすることではありません。宝くじにあたりますようにとか、パチンコ、競馬、ギャンブルで勝てますように等という利己的なお願いは聞き入れられません。いかに自分の心が汚く貧しく、犯罪的なのか告白しているようなものです。そのようなお願いをするものはむしろ心が清められるまで苦難と困難を与えられ懲らしめられます。

 その人物の高い道徳性です。崇高な博愛精神です。心の清らかさです。限りある現世においていかに他人に施しができたか、幸せにしてあげる手助けができたかで、霊界での価値が決まります。高い道徳性を持った人物は、霊界でも高い階層に位置し神から祝福を受け、幸せな生活を送ることができます。また高い階層にいる人は、位の低い人の道徳心の向上を指導することになります。逆に価値が最も低く、忌み嫌われるものは、我利、我欲、金銭に対する執着心、色欲の念、嫉妬、憎悪、敵対心、争う心などです。お金だけをありがたがり、他人を虐げて苦しめてきた人は、霊界で最も低い幽界という階層に行き、自分の行ってきた悪事、善行をする機会を失ってきたことを映像で繰り返し見せられ、悶えるような苦しみを受けます。その後、どうすれば良かったのか高級霊の指導を受けて、大切なことを学ぶまで苦しみの現世に転生させられます。

 愛を分かち合い共に喜ぶことです。他人へ奉仕することです。困っている人に愛、金銭、物質、有益な知識等を施してあげることです。魂の精神性が高まれば、他人の笑顔が自分の喜びとなる日が必ず来ます。なにも高い金銭を施す必要はありません。金銭的に貧しい人は、愛、笑顔、知識などお金では買えないものを施せばよいだけです。まず自分ができる範囲のことを無理なくしてあげることです。分かち合うことの喜びがわからない、自分だけが得をすればよい、我欲を満たせれば良いと思っている人の心の状態は非常に精神的に貧しく、真の幸せに気が付いていない状態です。早めに低い精神状態から脱却し、真の愛に目覚めなくてはいけません。どんなにお金を稼いで贅沢をしたとしてもその喜びは、高い精神性を獲得し、他人とともに喜ぶ幸せの足元にも及びません。

 今世に生まれてくる際は、通常は前世の記憶を消去されます。なぜなら前世において人間の霊性が未発達段階にあった時は、生きていくために様々な罪を犯している可能性があるからです。罪を犯していない人はいません。今世には今世の与えられた使命があり、いつまでも前世のことを振り返り後悔の念にかられていては活動できませんし、今世の使命をはたせません。

 前世で自分が何をしたのかは霊界に戻れば思い出したり、いつでも反省の材料にしたりすることができますので今世であまり振り返る必要はありません。

 重要なのは今世において各人が自分が果たさなくてはならない使命、与えられたテーマとはなにかを考え、一生懸命に自分のなすべきことを頑張ることです。

 人間は、精神性と道徳性の向上のためテーマを与えられて現世に生まれてきます。

テーマは主に前世での反省点の克服か、良い面を伸ばすためです。そのため現世で

は各人にあった苦難を与えられます。例えとして前世で暴力をふるっていたものは、

今世で、暴力的な親の元に生まれたりします。社会にでて暴虐な上司の下で働かざる

を得なくなったりします。苦痛を受けた場合は、それをやってはいけないことと体感し、

反面教師として自分の性格を直すことになります。反対に前世で社会福祉などで人を

助けていた場合は、今世で自分も助けられることとなり、愛や道徳心を一層向上させること

になります。道徳性を向上させ、欠けたところがなくなるまで輪廻転生をさせられます。


 道徳性が最高にまで高まり、修行が終わると自分の意志で輪廻を終わらせ、霊の状態

(精神体のみの状態)でいることを許されます。これが仏教でいう解脱です。

最高級の霊は自分より下位の霊がその道徳性を高めるのを手助けしたり、指導を

行ったりするためにあえてもう一度現世に転生することもあります。

 因果応報、善因善果、悪因悪果の法則、原因と結果の法則は現世でも霊界でも確実に

働いています。因果の法則は神の摂理で運行され、一瞬も休むことはありません。

因果の結果はすぐにでるものと、後になって結果がでるもの、輪廻をへて結果がでるものが

あります。遅くても因果の法則はは確実に働いています。因果の法則が働くのは、

自己の行いの結果を人間に見せて、その精神性を向上させるためです。

他人を愛し施しをしたものは、愛と施しを受け、他人を傷つけ貶めた場合は傷つけられ

貶められます。

 人間には自由意志が与えられています。自発的にさまざまな経験をするためです。

自由な行動によって知識を得たり、自分の選択した行動の結果の善悪を理解するためです。

自由意志と因果の法則は密接な関係にあります。それは自分の自由にとった行動が、どのような

結果になったか人間に知覚させ、理解させるためです。それは人の成長に欠かせない大切な

ものです。

 現世、すなわち肉体を持った物質界に生まれるのは学習と修行のためです。

物質界に生まれるのは、そこでしか習得できないことを学ぶためです。

人は困難からしか学びえない時があります。現世、すなはち物質界は霊界とは違い、

限りがある世界です。金銭、物質等が限られていることは、困難と試練に直面

しやすくなります。その限られた状態の中で、自己の精神性を高められたか、他人と

愛を分かち合い、施しができたかが問われます。

①自己の精神性を向上させること

人間の霊は輪廻転生しつづけ、愛とは何か、善とは何か、道徳とはなにかを学習し、

常に自己の精神性を向上することを目的としています。精神的修行を行い、我利、

我欲、執着心、悪徳を捨て去り、悩みや苦しみを克服し、より力強い人間となって、

他人へ愛を施せる善の境地へと到達することが目的です。


②他人へ愛を施すこと

この世で一番大切なのは他人への奉仕です。他人へ愛を分け与え喜ばれることです。

我利、我欲ではなく利他的精神が大切です。そのためにはまず、自己の精神性を磨いて高め、

その高い精神性を持って他人へ愛を施すことです。困窮する人々に愛、知識、金銭、物を分け

与えることです。ただし他人へ奉仕し分け与える場合は、愛をもってすることが大切であり、

打算的な考えや見返りを求めてはいけません。


③地上天国を出現させること

全ての人が精神性を高めて最後には徳の高い人ばかりとなれば地球は地上天国となります。

全ての人々にとって苦難がない愛と平和に満ちた世界を出現させることが神の最終目標です。

【 霊界】

霊界は体を持たない霊が存在している場所です。


(霊界での階層)

霊格によって階層が分かれています。

高級霊は霊界の高い階層に存在し、低級な霊になるほど、低い階層に存在しています。

高級霊は指導のため低い階層に降りていくことができますが、低級霊は高い階層に上がれません。

一番低い層は幽界と呼ばれています。


(霊の上下関係)

徳が高い霊ほど上の階層にいて、徳が低い霊ほど下の階層にいます。

地上での上下関係は全く関係ありません。地上でお金持ちだったか、権威があったかは全く

関係ありません。たとえ地上世界で貧しかったとしても、徳を積んでいるものほど謙虚で

上級階層にいます。徳が低く威張り散らすようなものほど低階級にいます。

低階級のものは、上位の階級のものに絶対的に頭があがりません。

霊が発しているオーラの色によって階級の高低が一目でわかります。


(外観)

太陽はありませんが、明るく照らされて晴れています。雨は降りません。

美しい大地や、山、川、湖等がある。美しい花が咲き乱れています。

美しい家々や町や郊外があります。美しい動物や蝶がいます。

カエルや蛇、ハエなどの汚らしい生物はいません。

地上のように昼と夜があります。地上の限られた色彩とは比べようもないほど

色彩は幅広く感知されます。その美しさは地上世界とは比べようがありません。


(移動)

高級霊になるほど自由に動くことができます。

行きたい場所を思い浮かべればそこに移動できます。テレポーテーションや歩くのが

基本の移動手段です。したがって車や飛行機、電車等はありません。


(コミュニケーション)

死んだばかりの霊は口を動かして話しますが、霊界での生活が長くなるにつれて

テレパシーで意思疎通を行います。また思ったことが瞬時に相手に伝わり隠し事は

できません。


(時間)

カレンダーがないので時間的概念が希薄です。地上の年月日を気にかけなくなります。


(音楽)

美しい音楽が奏でられています。

地上の音楽とは比較にならないほど美しい音色です。


(創造)

思ったものが創造できます。思念によって好きな服をこしらえて着ることができます。

お茶やティーポット等の地上で生活していたときの生活必需品等も思念で作ることが

できます。霊界での生活が長くなるにしたがって物欲はなくなっていきます。


(職業)

アーティスト、音楽家、家の設計師、演劇作家、社会福祉士、精神科医、

思想家等がいます。地上の職業より職種が少ないのは、物質をこしらえる必要がない

ためです。精神や思想的な職業が多くなっています。

戦争の必要がないので、軍人はいません。移動と運送を行う必要もないのでそれに

関する職業もありません。


(病院)

戦争等で死んだ霊は、精神的にかなり傷つき、ショック状態にある人もいますので

精神的なケアが必要です。そのために病院があり精神科医、セラピストがいます。


(図書館)

ありとあらゆるカテゴリーの本があります。さまざまな民族の知識にアクセスできます。

ミニチュア等も置いてあります。


(飲食)

飲食する必要はありませんが、霊界に送り込まれて間もない霊は地上の生活感が残っている

ため食べ物や飲み物、お茶などを作り出して飲食することもあります。

霊界の生活が長くなれば必要なくなります。


(睡眠)

睡眠をとる必要はありませんが、霊界に送り込まれて間もない霊は地上の生活感が残って

いるので睡眠をとる人もいます。霊界の生活が長くなれば必要なくなります。


(愛する人との生活)

本当に愛しており、階層が同じであれば、子供や妻や夫、祖父母等と霊界で再会し、

一緒に生活できます。地上での結婚生活に愛がなかった場合や、一方が霊的に未熟で

階層が低かった場合等は合うことができません。


(子供を作る)

霊は子供自体を作りだすことはできません。霊界にて子供(新しい霊)を作れるのは神だけです。


(転生)

転生しなければならない時期がくるとなんとなくわかるようになります。

高級霊から次の生でのテーマを与えられ、転生の準備をします。


(天体)

他の星にも生命体がいます。概して地球人よりも道徳性が上です。地球より道徳性が

低い星は一つしかありません。地球は宇宙の数ある天体のながで道徳性は下から二番目です。

地球で悪事を働き、更生心が希薄な霊はその星に落とされることもあります。


【現世】

この世の物質界のことです。何事も物質・距離・時間に縛られます。霊の修行の場として

創造されました。。現世は地球だけとは限らず、他の惑星もあります。必要な修行のために別の惑星に生まれることもあります。

霊とは神が作った精神意識です。

神が創造主であり、霊は神が創造したものです。

霊には下記の種類があります。


【人霊】

 人間の精神意識であり、輪廻転生しながら永遠に存在します。

人の精神意識は個々に存在します。人の霊は動物の霊になることはありません。


(体の有り無しによる区分)

  霊:体のない精神だけの状態

  人間:霊が体を持った状態:人間=(霊+体)


(精神性の高低による区分)

  〈高級霊〉:愛、善、美、道徳を学習し極めた存在。高い精神性を持っています。

        神の代理人として、精神的に下位のものを導く役目をもっています。

        利他、善行を喜ぶ。地球レベルでの大我を持っています。

        天使、善霊とも呼ばれていて、キリストや仏陀はこの階級にいます。

  〈普通霊〉:愛、善、美、道徳とは何かを学習中の存在。困難に会いながらも善を

        模索している状態にあります。ごく普通の一般的な霊です。

  〈低級霊〉:愛、善、美、道徳がよくわかっておらず、自分の利益しか考えていない

        状態にあります。自己の楽しみのために、悪事を働いたり他人を傷つけた

        りします。嫉妬、怨恨、悪に満ちた存在であり、人の不仲、悪徳を喜びます。

        道徳性が未熟な態です。未熟霊とも呼ばれています。地縛霊や浮遊霊がいます。


【動物霊】 

 動物の精神意識。

 死んでから数年は個の霊体として存続できるが、最後には所属するグループ体に吸収されます。

 知識や感情などをグループ体に持ち帰って進化しています。動物霊が人になることはありません。